世界観警察

架空の世界を護るために

シュトゥットガルト・バレエ『オネーギン』2018/11/4

 こんばんは、茅野です。夢の三日間がとうとう終わってしまいました。現実世界に戻りたくないです。

 

今回は最終日のオネーギンの感想を述べたいとおもいます。初日、2日目についての感想はこちらからどうぞ。

↑ こうやって並べると美しすぎますね。

 

 

キャスト

エヴゲーニー・オネーギン:マチュー・ガニオ

タチヤーナ・ラーリナ:エリサ・バデネス

ヴラジーミル・レンスキー:アドナイ・ソレアス・ダ・シルヴァ

オリガ・ラーリナ:ジェシカ・ファイフ

グレーミン公爵:マッテオ・クロッカード=ヴィラ

ラーリナ夫人:メリンダ・ウィサム

フィリピエヴナ:ソニア・サンティアゴ

指揮:ジェームズ・タグル

演奏:東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団

 

開演まえに

 本日はA席一階R。先日、オペラの『マノン・レスコー』を観た際、一階L席が観やすかったな~と思ったのでまた斜めの席を選択。但し、文化会館はつくりが古いので一階サイドLR席は前座席との間のスペースが皆無で、わたしは普通に座っているだけで膝が当たって痛いです。身体と要相談で席を選んで下さい。

 

第一幕

第一場

 昨日の記事と同じく、コール・ドなどは昨日と同じなので、第一幕から受けた主要キャラクター四人の印象から述べたいとおもいます。

 

 ガニオ氏のオネーギンはやっぱりパリジャンだなあとおもってしまいましたね。指先の躊躇いがちな開き方は艶めかしく、柔らかい雰囲気は優しい王子様。でもそれはオネーギンではないのでは? というのが当方の所感です。「ロシアの魂」は感じなかったなあ。

氏を生で見るのははじめてでしたが、どれだけ腕が長いのかと……。


 タチヤーナは昨日のヴィシニョーワ氏が最高だったので、最初ちょっと見劣りしてしまうかなと思いましたが、鏡のPDDが非常によかったです。
 主演2人は鏡のPDDが一番似合っていたと感じました。「理想の王子様」と「開放的な娘」なので、それこそピッタリだったのではないかと思います。

 歯を見せて笑うタチヤーナはちょっと違うかなぁ~~と感じてしまいました。特にアダージオの時からにっこにこの笑顔で、そうくるか、という感じ。文学少女という感じはあまりしなかったです。


 オリガは三日間で1番よかったと思います。技量的には二日目のオサチェンコ氏の甲が素晴らしかったと思うのですが、「これがオリガ・ラーリナだ!」というような、悪戯っぽくてコケティッシュな娘を好演していました。

一番最初の本を取っちゃうところなんか、めちゃくちゃ演技よかったとおもいます。


 レンスキーは正統派。昨日の変化球レンスキーと比べてしまい、「やはりこれがレンスキーだよな」と思いました。いや、わたしは昨日の変化球レンスキーめっちゃくちゃ気に入ったので流行って欲しいと内心思っているのですが……。

技量的にも、回転技が強いのか、安定感がありました。

 

 オネーギンとタチヤーナのアダージオの後、タチヤーナが去る時に背中を反らせるのは初めて見ました。「(初恋に)酔っている」感じが出ていてよいなぁと!

 

第二場

 手紙の場。

手紙を書く所作はアマトリアン氏とかなり近いと感じました。彼女と同じくかなり現代的です。少々思うところあり。(初日の記事参照。)


 鏡のPDD直前、タチヤーナがかくんって船を漕ぐの細かくていいなあと思いました!

オペラ版を見慣れている身としては、あの”ひとりだけの熱狂の夜”を過ごすのに、バレエ版では熱狂どころか寝落ち……という違和感はそもそも持っていたのですが、だからこそこういう演技がそっと挿入されるのはいいですね。

 

 鏡のPDD。

先程も少し触れましたが、この二人はキャラクター的にこのシーンが一番ハマっていたと確信しています。幻想的なまでに甘い世界。

技量も申し分なく、ここがクライマックスか、というほど。

最後舞台前方に駆け寄ってからポーズを取るタチヤーナはフィナーレと同様。対比が上手いです。

 

第二幕

第一場

 「こんなジェントルマンなオネーギンがいてたまるか!ww」というのが一番の感想です。

あのですね、宜しいですか、普通ですね、これから手紙破る相手に、少し踊った後微笑んで会釈とかしないんですよ!!www

このオネーギンは絶対に、

彼は遊び人なんだって!

ひどく粗暴で 変人なの
女性の手にキスもしないのよ
彼はフリーメーソンで、彼が飲むのは
赤ワインのグラスなんだそうよ!

とか、

 型破りの変人で
悲しい、不思議な人ですよ 

なんて陰口を叩かれることはまずなさそうです。(オペラ第二幕及び第三幕より)

昨日のレンスキーに引き続き、猛烈に変化球なオネーギンです。(そもそもオネーギンというキャラクター自体が変化球なので最早なにが正しいのかわからない……)

冷徹で陰鬱とした表情を出そうとしているのはわかりますし、演じ分けようとする努力も見えるのですが、まだタチヤーナの夢の中にいるような印象は免れ得ませんでした。

 

 タチヤーナはアマトリアン氏と同様、オネーギンが現れても嬉々としているタイプの演技でした。シュトゥットガルトの演技指導の方針なのかしら。いや、でも昨日のヴィシニョーワ氏のものの方が原作的なんですけれども。原作とはターニャ像がもう全く違うということなんでしょうか? どうしても昨日と比較してしまい、モヤる時代考証班であった。

 しかし、ヴァリエーションは見事としか言い様がない! とっても綺麗でした。技量が非常に高い。

 

 オネーギンがオリガ奪う前に、歯を見せてにやっと笑っていたのがとても印象的でした。ここにきて少し意地悪そうな感じが出ましたね。

初日のフォーゲル氏のオネーギンは悪戯っぽい少年のような顔をしていましたから、比較として非常に興味深かったです。


 一方で婚約者を奪われたレンスキーは表情で語ります。わたしは一階R席だったのでよく見えました。しかし、オネーギンが煽っても溜め息ばかり。もっと怒っていいんだよ〜〜〜!!!と思って観ていました。呆れる程度では決闘までの短い時間に説得力がない気がします。


 オリガはMVPです。(断言)

オネーギンと踊って内心ドキドキして、なのにレンスキーに詰め寄られても「だってわたし、悪くないもの!」と笑顔で言い切る。それでいて、嫌味な感じは全くしない。ことが大きくなって漸く焦り出す。

これが無邪気な15歳程度の娘でしょう。正統派オリガ。


 手袋を拾う時、しっかりと頷くオネーギンは初めて見ました。

覚悟が見えて、「やる気満々」という感じ。それでいて、拾う前は早くもおろおろしていて、見ていてどっちなんだ~~と思ってしまいました。

 

 舞台転換時の演技パートですが、このオネーギン、走るぞ!

かなりの全力疾走で、これもめちゃくちゃレアな気がします。

 

第二場

 レンスキーのヴァリエーション。

非常に技量高く感じました。第一幕でも触れたように、回転が非常に安定していますね。ただ、感情表現は弱いのかなあとおもってしまいました。

君は来てくれるだろうか 美しい乙女よ
僕の骨壷の上に涙を流してくれるだろうか
そして思い出してくれるだろうか 彼は自分を愛していたと!

どこに どこに どこに行ってしまったのだ
輝かしい日々 僕の輝かしい青春の日々は?

という悲愴さを感じ取るにはまだ弱いかなぁ、というのが当方の所感です。

 

 さて、決闘前のオネーギンの連続ピルエットの時ですが、腿を叩かないタイプでしたね。意外と珍しい気がします。

あの動きに、激情とか、諦観とか、ひとによって色々な感情を出しますが、ガニオ氏は未だに夢の中のようなふわっとした印象がありました。パリ・オペラ座のエトワールらしく、バレエとして非常に完成されていて美しいのですが、どうもスペクタクルとしては弱いと感じざるを得ません。
 そして、決闘前も頷くのですね。殺る気満々だ……あんな王子様フェイスで……。

 

第三幕

第一場

 ”夜会の女王”となったタチヤーナ。威風堂々とした感じが出ました。

何度も申し上げている通り、技量があるので見ていて安心感がありますね。

 

第二場

 フィナーレ、手紙のPDD。
う~ん、やっぱりスペクタクルとして弱いな!と感じてしまいます。何故でしょう、鏡のPDDが物凄くよくて、そこがスペクタクルとしての最高潮になってしまったせいでもありましょうし、二人とも第一幕/第二幕との演じ分けがあまり無いように感じてしまったせいもあるとおもいます。

 終始笑顔のオネーギンは、ある意味で不気味さは感じさせるけれども、「少年のように熱烈に恋をし」ていたり、「肺病みに見まごうほど恋の病に取り憑かれている」ようにも見えませんでした。

 タチヤーナも、感情を動かすには足らないかなぁと思ってしまいました。昨日が素晴らしすぎたせいもあるのでしょうが……。

但し、バレエとして非常に美しく、二人が人気なのもよくわかります。

 所作は統一されていて、タチヤーナの部屋から出る際、オネーギンは二幕同様走り去ってゆきます。

タチヤーナは、舞台奥から真っ直ぐ前まで駆けてきて観客に訴えます。

纏まっていて、美しさは際立ちました。

 

三日間オネーギンを見比べて

 こんな贅沢なことがあって良いのかというほどですが、この三日間オネーギンを見比べたわけです。

 初日、フォーゲル氏のオネーギンはとても正統派でした。クールでドライで、それでいてまだ少し子供っぽい表情も持ち合わせている影のある魅力的なダンディ。

アマトリアン氏のタチヤーナは現代的で快活なお嬢さん。それでいて、若く絶望を知らない夢見がちな少女でもあり、第三幕では自分の境遇をよく理解している。

 二日目、レイリー氏のオネーギンは血の通った現実性を感じさせるオネーギン。上辺な非常なジェントルマンで、しかし心の奥底には倦怠が眠っている。

ヴィシニョーワ氏のタチヤーナはまさに原作から出てきたよう。自分に自信が無く、夢に夢見て恋に恋する内気な少女。第三幕では大成し人を引きつける艶っぽさを身につけるも、オネーギンの手紙を読むとひとたび昔の少女に戻ってしまう。最後は神に祈り、この結末を受け入れる。

 最終日、ガニオ氏のオネーギンは”パリの王子様”。ロシアの香りはしないけれども、妖艶でふわりと優しく、その分ちぐはぐな行動からは一種の不気味さが香る。

バデネス氏のタチヤーナは輝ける笑顔の少女。希望に酔っていて、まさに夢の世界に生きる。ある意味でガニオ氏のオネーギンとの相性は抜群だったかもしれません。

 

 こうやってみると、各人全く解釈と申しますか、演じ方が違うなと改めて思いました。これこそが演劇的演目の楽しみですよね。

但し、時代考証班として思うところがあったり、わたしもひとりのオネーギンという作品の愛好家として好みや意見はありますから、一介のファンとして申し上げますと、やはりヴィシニョーワ氏のターニャがダントツでよかったと言わざるを得ません。

わたしはバレエ自体も少し経験があるので技量的な面も全くの無知ではありませんが、やはり観客として一番求めているのは、心を揺り動かすスペクタクルです。彼女はその力を一番持っていたとわたしは感じました。それに、当然、技量もあって美しいときては……。

 オネーギンの方は、比較するとしたら、わたしは王道フォーゲル氏が一番好きですね。やはりオネーギンはこうでなくては、という気が致します。

 レンスキーも圧倒的に二日目、パイシャ氏でしょうか。こちらはなかなかの変化球な解釈でしたが、非常に興味深かったです。いや、寧ろこちらの方がレンスキーの本質に近いのかもしれません。芯のある、男レンスキーでした。

 オリガは三日目のファイフ氏でしょうか。バレエ的美しさで見たら甲乙付けがたいのですが、スペクタクルとしてはこちらが一枚上手かとおもいます。

 

皆様はどの演技が好みでしたでしょうか? 是非コメントなどで教えて頂けると嬉しいです。

 

おわりに

 素晴らしい三日間でした。最高の週末を過ごさせて頂きました。シュトゥットガルト・バレエ団のみなさま、客演のお二人、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団のみなさま、主催のNBS様、後援のドイツ大使館様、そしてこの作品を作り上げたプーシキンチャイコフスキー、クランコ、シュトルツェ、ローズ、その他全てに感謝を捧げます。

 また是非この作品を持ってきて頂けたらなと切に願うばかりです。次はいつ生で観られるだろうか……。

 それでは、三日間のレビューはこれにて締めさせて頂こうと思います。お付き合いに感謝致します。パンフレットについては、新たに別の記事を執筆予定です。そちらでもお会いできれば幸いです。では。