世界観警察

架空の世界を護るために

オネーギンをイヤなヤツと断定する前に

  お久しぶりです、茅野です。

実に執筆四ヶ月ぶりですよ、ヤバいです。いや、めっちゃ多忙だったんですよ!

 組織で責任ある立場になってしまって、社畜しています。深夜の三時までミーティングとかザラにあります。 そんなこんなで書きたいことは数多あったのですが時間ばかりが経ってしまいました。新国立劇場アイーダとか最高だったのでレビュー書きたかったなぁ(遠い目) あの…めっちゃよかったです…ごめんなさい書けなくて…

 

 さて、気を取り直して。今年の11月にシュトゥットガルト・バレエ団が来日し、プログラムにジョン・クランコ版の「オネーギン」があります。待ちに待った!って感じですよ本当に!とっても楽しみです!!行けたら全日行こうと思っています。

しかし特にこのバレエ版、「オネーギンってイヤなヤツだよね」と言われがち。いや、何も間違っちゃいないんですが、ただ「イヤなヤツ」で片付けてよいものでしょうか?(オネーギン擁護派)

皆様、きちんとした理解の上で発言しておられますか? その上ならばわたしは一向に構わないのです。しかし、よく知りもしないのにそんな断定してもらっちゃあ適いません。それを是正するのが「世界観警察」のお仕事です。

自分の時代や国の価値観のみで、遠く離れた国、時代の作品の事象について判断するのは早計です。愚かな行為です。

 今回は、正しい理解の元でオネーギンという作品を楽しんでいただく為、帝政ロシア文学の主人公のタイプの一「余計者」、その中のエフゲニー・オネーギンという人物について、定義や過去の議論を用いて掘り下げていきます。

余計者に関しては述べたいことが沢山あるのですが、今回はオネーギンについてのみです。原作である韻文小説は勿論、オペラ、バレエについても触れます。少々長くなりますがお付き合い宜しくお願い致します。

 

帝政ロシア文学の主人公「余計者」

 そもそも「余計者」とはなんでしょうか。

一部簡略化しましたが、wikipediaによるとこうあります。

余計者(よけいもの)とは、19世紀ロシア文学にしばしば主人公として登場する人物像のことである。ロシア語ではЛишний человек。英語ではSuperfluous Manと訳される。

皇帝アレクサンドル1世(在位1801-1825年)の時代には、西欧の自由主義思想が貴族階級を中心に広まり、専制政治農奴制の改革を求める風潮が強まっていった。しかし、1825年に政府打倒を目指したデカブリストの乱が失敗に終わると、新帝ニコライ1世(在位1825-1855年)の苛酷な弾圧が始まる。その結果、有為の青年たちが活動の場を奪われ、その能力をもてあまし、鬱屈しながら生きていくようになったのである

貴族階級の青年知識人で、進歩的な思想を身につけ、優れた資質をもちながら、それを社会のために生かせず、決闘や恋愛遊戯などの馬鹿げたことに精力を浪費したり、無気力になって屋敷にこもったりするものが現れた

                      (wikipedia「余計者」)

 綺麗に纏まっていると思います。この定義だけ読んでみて、如何でしょうか。当時、つまり19世紀の帝政ロシアにはこのような若者が多くいたのです。彼らの肖像、それがエフゲニー・オネーギンとも言えます。

そして、これを読んでも尚、「ただのイヤなヤツ」と呼べるでしょうか。わたしは否だと思います。

 

余計者への評価

 さて、当時は実際にこのような「余計者」が街に溢れていたわけですから、このような人物像について論じた人物がいます。ニコライ・ドブロリューボフです。

余計者の特徴は、地上に生起するすべてのものに対する無関心から生まれる、完全なる無気力にある。

酒宴、情事、しゃれ、芝居じみた行いに携わって、そして「我々は、もっと広い行動の自由がないから、こんなことをしているのだ」と言い切る。

        (ドブロリューボフオブローモフ主義とは何か?」)

彼はこのように述べ、余計者を辛辣に批判します。

しかし、わたしは、これはとても個人的な意見なのですが、ドブロリューボフの見解に意を唱えます。というのも、ドブロリューボフ社会主義者であり、その意見に政治色が大変つよい為に、純粋に捉えられておらず、自分の主張に合うよう論じている節があると感じるからです。

 帝政ロシアの偉大な作家でもあるアレクサンドル・ゲルツェンは彼の定義について反駁しました。わたしは寧ろこちらに共感します。論文「余計者と癇癪持ち」にゲルツェンの定義が掲載されているので、わたしなりに簡略に纏めてみました。

余計者は2種類に分けられる。

前者がニコライ1世の時期の者、後者はそれ以後である。

その2つは絶えず混同されているが、全く別物である。

ニコライ1世時代の余計者は尊敬すべきであり、”実際の余計者”と認める。

彼らはどうしてよいかわからぬ状態の中で、否応なしに実際、勤務に就いたり、あるいは腕をこまねいて”余計者”に、”怠け者”にならざるを得なかったのであるこれは世界で最も悲劇的な状況の1つである。彼らに石を投げつけることは決して出来ない。余計者を嘲笑してはならない。」

                (ゲルツェン「余計者と癇癪持ち」)

  オネーギンはニコライ1世時代(※1)の余計者です。余談になりますが、後日談ではオネーギンがデカブリストの乱に参加する、という構想すらありました。(※1 厳密には「ニコライ1世”前”」。執筆されたのはニコライ1世時代。)

このように、余計者、ひいてはその肖像であるオネーギンが作中のような態度に出るのは致し方ない、と捉えることが可能になります。自由のない環境の中、意中でもない(※2)女性の好意を退けることに何の非があろうかと、わたしは問いたいのです。(※2 原作に「タチヤーナの手紙を受け取ったとき、オネーギンは思わずはっと胸を突かれた。」という一行があり、言明はされていませんが、手紙を受け取った段階で好意を持っていたと解釈することも可能です。しかしながら仮にそうだとしても、描写を見るに彼が意地悪をしたいが為に彼女を退けたのではないことは明白です。)

尤も、この状況下とはいえ、タチヤーナに対し非情に振る舞ったのは事実ですが、彼のバックグラウンドを考えずに批判するのは酷というものです。人道的に、それを後ろ盾に擁護してもよいものか、という意見もありましょうが、何も知らずに「性格の悪いヤツ」と断定されるのも、ファンとして思うところがあるのは事実です。

 

オペラ、バレエでの扱い

 さて、原作韻文小説に於いてはオネーギンの描写に丸々一章当てられており、彼に心境的に寄り添うことが出来ます。一方で、オペラ、バレエでは寧ろ視点はタチヤーナに投げかけられ、オネーギンになかなかスポットが当たりません。それが誤解される大きな原因の一つだと確信しています。

 原作のオネーギンの設定はこうです。

ペテルブルグの没落しかけた貴族の青年で、若くして両親を喪い、ヴィーナスの男装もかくやと思われる美貌を持ち、頭脳明晰で、特に経済学を好み、若くして社交界へ出て夜会や劇場通い、恋愛遊戯に明け暮れ、いつしか生に飽いて、家に引きこもり、読書や物書きを試みるが打ち込めず、鬱ぎの虫にとりつかれる。

 この一文を知っているか否かで、オネーギンの印象は相当変わるのではないでしょうか。

 

 又、オペラ版の幕切れで彼は「この恥辱!やりきれなさ!惨めな我が運命よ!」と叫びますが、ここでかなりエゴイスティックな面が強調されていると感じます。原作では、中途半端ではありますが、今後のオネーギンについて希望の見い出せるラストだけに、差があるように思います。見せ場の欠乏からもわかるように、チャイコフスキーはオネーギンという人物をあまり好まず、タチヤーナ、そしてレンスキーのキャラクター性が好きだったのではないかと推察します。

 

 バレエ(クランコ版)では、第2幕第1場でタチヤーナの恋文を引き裂く非情さなど、更に”イヤなヤツさ”が際立っていて、わたしは、原作も愛する者としてこの乖離を悲観的に考えています。もし、この作品が「オネーギン」であるならば、その演出はどうあれ、原作の上記設定を頭に叩き込んでおくべきであるとわたしは考えます。

 

 「世界観警察」筆者としては、チャイコフスキーもクランコも、時代考証の詰めの甘さを感じます。例えば、顕著な点だと「決闘は当時も犯罪であるため、人前で公言することは断じてない」であるとか、「決闘の場に女性は現れない」こととか、「当時のロシア貴族の男性は髭を生やさない」ことなどが挙げられます。

世界観、物語の側面から深く考察を行う際には留意すべき点です。

 

文学者たちの立場

 さて、ここまで猛烈にオネーギンを擁護して参りましたが、他の人物の立場を見てみましょう。

帝政ロシアの高名な文学批評家ヴィッサリオン・ベリンスキーは、1845年刊行の著書「プーシキン論」にてこう述べます。

オネーギンは周囲の卑俗と無為に苛立つ凡庸ならざる人物であり、批判的精神に富み、「苦悩するエゴイスト」であり、同情に値する。

そして、彼はタチヤーナへの遅まきの愛により生まれ変わる可能性があり、明るい未来を期待させる。

一方でタチヤーナは、深く愛することの出来る情熱的本性の女性だが、オネーギンの愛を退けることは上流社会で自らの評判を失うことへの恐怖、世論への奴隷的恐怖からであり、夫に忠実足らんとする彼女の決断は非難されるべきである。

「愛により清められていない夫婦の関係は不道徳であり、それへの忠実とは無意味である。」

                 (ベリンスキー「プーシキン論」)

このように、プーシキンレールモントフゴーゴリツルゲーネフドストエフスキーらを発見し、熱烈に紹介したベリンスキーは、オネーギンに寄り添い、タチヤーナを批判する態度を取りました。

この意見に、かのフランスの女流作家ジョルジュ・サンドはいち早く賛同したそうです。

 

 反対意見を見てみましょう。

1880年、モスクワ中心街でプーシキン記念祭が開催されました。そこでは名だたる帝政ロシアの作家たちが集い、異口同音にプーシキンへの賛辞を述べ合いました。

そこで、あのフョードル・ドストエフスキーがオネーギンについて演説したのです。

オネーギンはヨーロッパ被れの根無し草、ロシアの民衆と大地から遊離した空虚な放浪者、ロシア社会に特徴的な受難者で、未熟者である。

結婚したタチヤーナへの彼の愛は奴隷根性の現れであり、つまり社交界の花としての彼女の成功に目を奪われただけのことである。

一方でタチヤーナは、他人の不幸の上に、つまり夫を不幸にしてまで己の幸福を築くことの出来ない心優しい女性である。

仮に彼女が未亡人になろうとも、オネーギンとは一緒になるまい。それは愛する能力のない根無し草としての彼の人間性を理解しているからだ。

タチヤーナこそはロシアの美と倫理の最高のあらわれだ。

名高い文学者にあって、ここまで意見が割れるのもそうそうないでしょう。

原作にてこれら意見に対する解答は存在しません。このような正反対の意見が出てもおかしくない、ここに関しては解釈の自由が許されているのです。つまり、どちらの解釈も正しいといえます。

皆様は、どちらの立場により近いでしょうか。

 

私見

最後に、当記事の筆者であるわたくしの私見を述べさせて頂きます。考え方の一として留意して頂ければ幸いです。

わたしはオネーギン、及びゲルツェンの定義による「余計者」を擁護する立場を取っています。

エフゲニー・オネーギンという作品は、そもそも、「帝政ロシア生活のエンサイクロペディア」の異名を持つことからわかるように、「ありふれた日常」の物語です。

ロミオとジュリエットのような、ドラマティックで非凡なストーリーとは訳がちがうのです。

当時の帝政ロシアには、オネーギンのような、知識人だがその知識を世のために役立てることが不可能な”余計者”が、サディスティックな恋愛遊戯をして、命の重みも顧みず決闘を何度も行いました。それが日常だったのです。

帝政ロシアの人々にとっての「エフゲニー・オネーギン」というのは、わたしたちにとっての「朝起きて学校行って部活して、友達と喋ってSNSやって…」という物語と何ら変わらないのです。

ということは、その肖像たるオネーギンを否定することは、当時帝政ロシアに生きた、知識階級の青年全てを否定することに繋がります。

無意識な批判が、あなたをバザーロフに、チェルヌイシェフスキーに、そして「皇帝官房第三課(帝政ロシアの悪名高い秘密警察)」にしてしまうのです。

「エフゲニー・オネーギン」は、そういった価値、そして意義を持つ作品ですから、好き、嫌いは別として、闇雲に否定することは避けてほしい。そういう気持ちが大変に強く、この記事を執筆するに至りました。

言論の自由が保証された現在。SNSも波及し、不適当な事柄を発言してもさして取り質されない時代が到来しています。オネーギンの時代と真逆です。そういう現在だからこそ、その意見がどのような意味を持つのかをよく吟味してほしいと思っています。

 

最後に

 エフゲニー・オネーギンという人物に対し、どのような印象を抱くのか。原作、オペラ、バレエとどの媒体からこの世界に入るかにもよると思いますし、捉え方は人それぞれですから、意見も異なってくるだろうと存じます。しかし、わたしは、「無知」が理由で誤った認識を持って欲しくはないですし、オネーギンをイヤなヤツと断定する前に、考えを改めることがあれば改め、ないのあればその主張を突き通して欲しいと思います。そのプロセスにこの記事が役立つことを願います。

それでは、オネーギンファンが増えることを願って。

 

 

参考文献

 当記事を執筆するのに役立った書籍を紹介します。どの本も大変興味深く、大好きです。もしお時間等ありましたら是非手にとって頂きたく存じます。

bookmeter.com

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